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千葉経済大学 周辺史跡紹介③

厳島神社

 千葉氏隆盛時代(1100年頃)、常胤六男・東胤頼の館があり、吾妻台と呼ばれていた。
 
 江戸時代、辺りは作草部村と寒川村の境界だった。池の地籍をめぐって両村が争った時、綿打職人の機転で寒川村の弁天碑を池のそばに移し置き、池は寒川村籍となった。以来、池は綿打池と呼ばれるようになった。
 
 明治以降、弁財天碑に祠を作り祭祀を行い、弁天様を守り神として厳島神社を名乗るようになった。町名の弁天はこの弁財天に由来する。本殿右側の祠には弁財天碑が祀られ。弁財天のお使いの白蛇碑も祀られている。
 
 芸能・福徳賦与の神様。

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厳島神社

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